経済学には人の経済学的には合理的ではない行動を心理学的な視点から解き明かす「行動経済学」の分野があります。この行動経済学の理論は、既にマーケティングや広告などビジネスに広く応用されており、集客や売り上げアップにつなげている企業が数多くあります。
本記事では、行動経済学上の代表的な理論の1つである「アンカリング効果」について、小売業に焦点を当てて詳しく解説します。
アンカリング効果とは
アンカリング効果の「アンカリング」とは、本来「船の錨を下ろす」という意味の言葉です。船がいったん錨を下ろせば、その船はそこから動くことができません。アンカリング効果は、まるで錨に縛られた船のように、人間は情報が少ない状態で最初に印象的な数値や情報を与えられると心理的にそこから動けなくなり、その後の意思決定がその情報に引きずられてしまう現象のことを指します。
たとえば新しいバッグを購入しようとする際、まずは色やデザインなどからある程度の購入候補を絞り込み、その中から商品の品質、価格、実際の購入者のレビュー、口コミといった情報を集めて比較検討するのが平均的な消費者行動でしょう。
もちろん「ブランド名が一番大切」といった、強い判断基準を持つ人もいるでしょう。しかしそうした判断基準を持たない場合、一般的に最も強力な判断要素となるのが「価格」です。
これは高い、安いのみならず、その商品が値段に見合った価値があるものかという要素も含みます。そして価格の中でも、最も消費者の頭の中に残って影響を持ち続けるのが「最初に目にした価格」です。この最初に目にした価格によって働く心理効果こそがアンカリング効果です。
アンカリング効果とは?意味やマーケティングへの活用事例を業種別に紹介
たとえば2万円の予算で掃除機の購入を考えていたときに、元値が4万円の掃除機が在庫処分のため2万8,000円で売られていたら予算をオーバーしているのにもかかわらず購入を検討してしまうことなどが挙げられます。 この場合、元値の4万円が基準となるため顧客にお得感を感じさせます。
小売業におけるアンカリング効果の活用例
このアンカリング効果を用いたマーケティングは、すでに私たちの身近に溢れており、小売業でも例外ではありません。
そこでここでは、小売業におけるアンカリング効果の具体的な活用例を紹介します。
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1. メーカー希望小売価格との対比で相対的な安さを演出
価格表示においてアンカリング効果を活用するためには、まずは高い価格を打ち出し、そこから割引後のより安い価格を見せるというのが常套手段です。
この場合、最初に示された高い価格が消費者にとって先行情報となり、消費者の心の中で錨を下ろします。そこに割引後の安い価格を示すことで、アンカリング効果がもたらされます。
以下に、アンカリング効果を用いた価格の表示例をいくつか紹介します。
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ケース1 自社のメーカー希望小売価格と割引後の価格を比較
「このCM放映後30分以内に注文の電話をしたお客様だけ、メーカー希望小売価格3万円のところを40%オフの1万8,000円で販売します!」といったように、最初に自社のメーカー希望小売価格である高い数字を見せてから割引後の安い数字を見せるという手法を用いた広告は、アンカリング効果を活用したマーケティングの典型例です。 -
ケース2 他社価格との比較
スーパーマーケットなどでよく見られる広告に、「他店より1円でも高い場合はお申し出ください。現在表示されている価格からそれ以下にお値引きします。」といったものがあります。これも他店の高い価格をアンカーとしてそれよりも低い価格を提示しており、アンカリング効果を活用したマーケティング例だといえます。 -
ケース3 ハイグレードの商品を紹介後に廉価版の商品を見せる
ジュエリーなど、同じ製品の中で価格差が大きな商品のマーケティング戦略として有効なのが、ハイグレード商品をアピールした後に、同種の廉価な商品を示すという手法です。「先ほどの100万円のダイヤモンドと比べ、こちらはカラット数は落ちますが、デザイン性も高いため50万円はかなりお買い得です。」というように、初めに高いモデルを目にすることで安いモデルの購買へのハードルが低くなります。
2. プロスペクト理論との組み合わせ
行動経済学が示す理論はアンカリング効果に留まりません。そこで、いくつかの行動経済学の効果を組み合わせてマーケティング戦略の中に取り込んでいるケースも数多くあります。
アンカリング効果と掛け合わせて用いられることが多いものに、「プロスペクト理論」があります。プロスペクト(prospect)とは、英語で「期待」や「予想」という意味を持つ言葉で、プロスペクト理論とは「目の前に提示されたものの損失の度合いにより、人の意思決定は変化する」と規定されています。
これをもう少し噛み砕くと、人は利益を得るプラスの感情よりも損失を被ることに対するマイナスの感情の方が強いため、利益だけを目にすると確保を優先し、損失を目の前にするとリスクを背負ってでも回避しようとする性質があると説明できます。
プロスペクト理論をマーケティング戦略に取り入れた例に、「期間限定キャンペーン」があります。「オープニングキャンペーンで今月中に入会された方だけ入会金無料!」といった期間限定キャンペーンは、プロスペクト理論をマーケティングに活用した代表例の1つです。キャンペーン期間を逃せば入会金を払うという損失が発生するため、入会金無料という目の前の利益を得たいという心理が働き、入会が促されます。
さらに「今月中に入会された先着100名の方のみ」といった情報をかけ合わせることで、アンカリング効果も狙えます。
小売業におけるアンカリング効果活用時に注意するべき3つのポイント
具体的な事例を見ると、アンカリング効果はマーケティング戦略上非常に有効な手段で万能のような印象を受けますが、効果が高い分、マイナスに作用した場合にはビジネス全体に大きなダメージを被る可能性もあります。
そこで小売業のマーケティングにおいて、アンカリング効果を活用する際の注意点について解説します。
1. 顧客の店舗に対するイメージに直結する
アンカリング効果を狙ってより効果的なアンカーを消費者の心理に打ち込むためには、最初に示す高い価格とその後に示す安い価格に落差があればあるほど効果的です。
よくある例として寿司店などでは、「松・竹・梅」とランクの異なる3つのメニューが表示されています。高級素材の有無などで価格が異なっているわけですが「松」の値段がアンカーとなって相対的に「竹」「梅」に割安感が生まれ、オーダーが集まりやすくなります。そこで「梅」は価格設定こそ低いけれど利益率としては松よりかなり良いという設定にしておけば、結果的に利益が上がる計算になります。
しかしこの場合、消費者のアンカーになるのは「松」の価格なので、「松」の値段をあまり高く設定すると消費者は「お高い店」「高級な店」「たまにしか行けない店」といった印象を店全体に抱いてしまい、結果として客足を遠ざける遠因になる危険性があります。
おとり効果とは?消費者心理とマーケティング施策・注意すべき5つのポイント
顧客の心理を活用した商品やサービスのマーケティング方法は多岐にわたります。その中でも、おとり効果とは、一番売れてほしい商品を選択してもらうために別の選択肢を紛れ込ませ、顧客の意思決定に影響を与える効果です。おとり効果を取り入れるためには、提示する選択肢の内容や価格を工夫する必要があります。「松・竹・梅」の価格設定がよいとされており、おとり効果を理解することで有効なマーケティングの一つとして活用できます。本記事では、おとり効果を取り入れた事例や上手く活用するための5つのポイントを解説していま...
2. 二重価格表示による景品表示法違反
アンカリング効果を狙った価格設定をする場合、最も注意すべきなのが景品表示法の「二重価格表示」に該当しないようにする点です。
二重価格表示とは、商品の価格を「値引き前→値引き後」のように二重に表示する時、値引前の価格が定価表示などであれば問題はありませんが、実績のない価格を表示して消費者に著しい誤解を与えると判断された場合には不当表示とみなされ、罰則の対象となる場合があります。
二重価格表示の代表的な例が、通販サイトにおける期間限定特別セールにおいて、店舗から目玉商品として出品される商品の中に、通常価格にあらかじめ上乗せした金額を「値引き前価格」として表示し、そこから50%オフした価格を「期間限定で定価から50%オフ!」などと表示するパターンです。
この場合、実際には販売されていない、通常価格より値上げされている価格を示すことで「二重価格表示」になっている点が問題です。この値上げされている価格での販売実績が一定期間(セール開始時点から過去8週間のうち4週間以上の販売実績、または販売期間の過半かつ2週間の販売実績)なければ、景品表示法違反として処罰の対象となります。
またその他の事例として、「A社では同じ商品を1,500円で販売していますが、当社は1,300円で販売中!」といった具合に競合店の価格を引き合いに出す場合、その価格が本当に競合店での販売価格であればいいのですが、根拠のない数字であった場合には二重価格表示に該当します。
具体的にどのようなケースが違反となりえるかについては、消費者庁がガイドラインを発表しているため、しっかり事前にチェックしておく必要があります。
<参照>消費者庁:二重価格表示
3. アンカリング効果に顧客が慣れる可能性がある
閉店セールの文字を何度も掲げながら、いっこうに閉店しない店舗を誰しも一度は見かけたことがあるのではないでしょうか。
このように長期間に渡って閉店セールというキャンペーンを行っていると、消費者も最初は「閉店する前に購入しなくては」と思いますが、そのうち閉店セール価格がその店の通常価格となってしまい、閉店セールを謳うことに対するアンカリング効果が消失してしまいます。
長期間にわたるアンカリングは、消費者から「あって当たり前のサービス」と思われることになるため注意が必要です。
反対に、仮にその後通常の状態に戻すためにサービスを打ち切った場合に、消費者は閉店セールを比較対象に据え、損をした気分になる可能性があります。不満を感じ、客離れの原因となる場合があります。
二重価格表示に注意しながらアンカリング効果の活用を
商品の販売動向は、その商品の製品としての優劣はもちろんのこと、消費者にどれだけ訴求できるマーケティングを展開できるかによって大きく変わります。
アンカリング効果は小売業でも扱いやすく効果が高いですが、活用方法を誤れば消費者の店舗離れを招きかねず、さらには二重価格表示と判断された場合には処罰の対象にもなってしまいます。実際にマーケティング戦略にアンカリング効果を狙った施策を取り込む際には、法律関係を含め事前に十分に内容を精査する必要があります。
価格戦略はデリケートな問題であるだけに、常に消費者の目線に立ち、正しいアプローチで適切で効果的な訴求を行う工夫が求められます。
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※ここでの「MEO」とは、Google上の店舗・施設情報の露出回数を増やしたり、来店行動につなげたりすることで、Google経由の集客を最大化させる施策を指します。
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