新型コロナウイルスの感染拡大が再び全国規模に広がっている現在、営業再開の目処が立てられず厳しい経営状態に置かれている旅館も少なくありません。
立て直しにあたっては、まずは国内旅行者受け入れにあたり、柔軟な発想で旅館の宿泊施設としての価値を再発掘することが重要です。
この記事では、旅館が今後も経営継続をするための留意点や施策について解説します。
緊急事態宣言の変遷と旅館の現状
緊急事態宣言による休業要請は、ホテル・旅館などの宿泊施設は対象外であったものの、感染拡大地域からの宿泊客来訪への懸念により、数多くの宿泊施設で自主休業を余儀無くされていました。
緊急事態宣言による旅館を取り巻く状況について振り返ります。
緊急事態宣言発令下の旅館の状況
観光庁が6月30日に発表した2020年4月の宿泊施設の延べ宿泊者数(第2次速報値)は、前年同月比80.9%の全国で971万人泊に留まっており、2007年の統計開始以降で過去最低を記録しています。
また、4月の客室稼働率も前年同月比48.7%減の16.3%と大幅に落ち込んでいます。
5月は未だ第1次速報の集計段階であるものの、4月とほぼ同様の前年同月比減少率が見込まれており、第1次速報では延べ宿泊者数は前年同月比84.8%減の781万人泊、客室稼働率は同50.4%の12.8%となっており、4月以上に著しい落ち込みが予想されています。
例年書き入れ時となっているゴールデンウィークと外出自粛要請、休業の時期が重なったことにより、宿泊需要が激減したことが要因と見られています。
緊急事態宣言解除後の宿泊需要
宣言解除後も感染拡大に歯止めがかからない状況が続く中、旅館・ホテルなどの宿泊施設では営業再開に戸惑いの色を見せており、休業を公表せずとも、オンライン上の予約受付を6月末まで停止している宿泊施設も少なくありません。
また、回復が見込まれていた夏期休暇の宿泊需要についても、懐疑的とならざるを得ない状況となっています。
熊本県観光協会連絡会議が5月31日から6月2日の3日間にかけて実施し、3,041件の有効回答を得た「第2回新型コロナウイルス感染症収束後の旅行・観光に関する意識調査」によると、「今年度、いつ頃に宿泊を含めた旅行をしたいですか?」の問いに対しては、「9月~11月」の秋頃が59%ともっとも多い回答となっています。
直近の「6~7月」は25%と秋に続いて多くなっていますが、お盆のある「8月」や「年末年始」を挙げた人は10~12%と少なめであり、旅行に前向きな層も一定数存在するものの、お盆や年末年始の一極集中を避けたい傾向が伺える結果となりました。
政府は7月22日から、国内旅行需要喚起策「Go To Travel キャンペーン」を施行する予定としていますが、赤羽一嘉国土交通相は7月16日、感染拡大が深刻な東京都発着の旅行を除外すると表明しており、今後の宿泊需要への影響を懸念する声が高まっています。
コロナ禍の旅館の取り組み事例3選
7月18日の全国新規感染者数は、宣言解除後で最多の664人に上るなど感染拡大が深刻化している現在、国内旅行の回復には未だ時間がかかると見込まれており、旅館などの宿泊施設が苦境を乗り越えるためには柔軟な発想での経営戦略を練ることが必要不可欠です。
本項では、ウィズコロナ時代の新たな施策に取り組む事例を紹介します。
1. 休業期間を清掃や修繕に充てる
休業期間においては売上は立たないものの、営業中は手入れが難しい箇所の清掃や修繕といった新しい取り組みに充て、営業再開後の顧客体験向上を目指すことは可能です。
関東屈指の人気観光地、箱根の温泉旅館「和心亭豊月(わしんていほうげつ)」は、緊急事態宣言発令直前から営業再開まで1か月半以上の休館を余儀なくされ、2020年4月の売上は前年比95%減となりました。
しかしながら、宿泊客がいないという事実を前向きに捉え、稼働を止めてしまうと調整が難しいためにこれまで手をつけられていなかった配管やボイラーの補修、屋根の塗り替えや防音工事、床の張替えといった作業の機会として活用しています。
また同旅館ではその他、従業員のコミュニケーション向上のために情報プラットフォーム「LINE WORKS(ラインワークス)」の導入や、フードロス削減のため売店で販売していた菓子・土産類のネット販売に着手しました。
休業を逆手に取り、顧客の満足度向上へ向けた施設の改修、および従業員の働きやすい環境構築の機会に充て、持続可能な経営のあり方を模索する取り組みは、従業員・顧客の双方にメリットをもたらすでしょう。
2. テレワークの場所として提供
外出自粛を余儀なくされ、在宅勤務・テレワークの積極的導入に踏み切る企業が増加しています。
しかしながら、この新しい働き方推進には賛否が分かれており、伊藤忠グループのリサーチ会社マイボイスコムが2020年5月、10,097人を対象に実施した調査によると、在宅勤務・テレワーク推進について「よいと思う」「まあよいと思う」は合計56.8%と過半数を占めたのに対し、「どちらともいえない」は34.7%、「あまりよいと思わない」「よいと思わない」は合計8.5%を占めています。
反対の理由としては、接客業やサービス業など在宅勤務が難しい職種であることや、普段とは異なる勤務環境により「仕事にならない」と作業効率が低下することへの懸念が挙げられました。
そこで、このような自宅以外のテレワーク活用場所として新たに注目されているのが、個室での作業が可能となる旅館やホテルといった宿泊施設の活用です。
新潟県の栃尾又温泉の老舗旅館「自在館(じざいかん)」では、リモートワーク応援プランとして「ながら湯治のススメ」プランを販売し、書類プリントアウト無料サービスを実施しています。
また、大手ホテルチェーンのアパホテルでは、朝8時から午後7時までの最大11時間をデイユースで利用可能な「テレワーク応援 日帰りプラン」や、平日5日間の利用も可能となる「テレワーク応援 5日連続プラン」を打ち出しており、旅館でも活用可能な取り組みです。
このように「宿泊」施設という固定概念を取り払い、柔軟な発想で顧客のニーズを捉える施策は、今後アフターコロナにおいて宿泊業が生き残っていくために重要な視座であるといえるでしょう。
3. 収益予測から経費の削減も
緊急事態宣言発令下では、ホテルや旅館などの宿泊施設への休業要請は出ていなかったものの、外出自粛により宿泊者数は激減、あるいは感染拡大地域からの宿泊客への懸念から、やむを得ず営業自粛という経営判断に踏み切った宿泊施設も少なくありません。
きめ細やかなサービスの提供にあたり、多くの人件費を投入している高級旅館などをはじめとした宿泊施設では、施設営業の必要経費も総じて大きくなります。
膨らむ経費をまかなえるだけの売上の見通しが立たない場合は、赤字経営による倒産という最悪の事態を回避するためにも、休館にし必要経費を抑えることが重要です。
また、休業期間中の従業員への手当としては、返済が不要な雇用調整助成金の活用が挙げられます。
1か月で5%以上の売上減少や助成率には規定があるものの、従業員の雇用を守るためには活用必至といえるでしょう。
さらに、営業期間中にかかっていた経費をすべて洗い出し、費用対効果をこの機会に改めて見直すことも効果的です。
特に販売管理費や広告費、販売促進費といった項目について再度見直し、経費削減に勤めることにより、今後の経営状況が大きく左右されるといっても過言ではありません。
第2波への警戒が強まっており収益予測が困難な現在、徹底した経費の可視化により効率的な経営を図ることが重要です。
緊急事態宣言解除の如何を問わず、今後も感染対策・アフターコロナへの準備を
新型コロナウイルス収束にはほど遠いため、コロナ禍での旅館の「おもてなし」対応は簡略化を支持する考えも広がっています。
熊本県観光協会連絡会議の「第2回新型コロナウイルス感染症収束後の旅行・観光に関する意識調査」によると、「スタッフ一同でのお迎えやお見送り」は70%、「仲居さんによるお茶やおしぼりの提供」は67%、「客室までの荷物運び」は64%の回答者が「無くても良い」とする結果となりました。
このような接客機会が多く、感染リスク増加につながるサービスは必要とされておらず、コロナ対策の一環として省略が求められていることが伺えます。
一方で、コロナ禍の宿泊先として旅館の注目度は高まっており、テクノロジー × 旅行・観光業界の国際会議「WIT JAPAN & NORTH ASIA」が運営する「WIT バーチャル」が実施した2回目のライブアンケートによると、「どの宿泊施設の回復が早いか」の問いで、最も多かった回答は「旅館」となっています。
この結果に対して、ホスピタリティサービスのコンサルティングを手がける「サヴィーコレクティブ」代表の浅生亜也氏は、「部屋食などのパーソナルで伝統的なオペレーションがこの時代に合っているのでは」との見解を示しており、個室空間での部屋食など感染リスクの低いサービスなどを押し出し、旅館の特徴を最大限に活用することが、今後の国内旅行客誘致に有効であるといえるでしょう。
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